![]() 2007年8月26日、中野丸井”最後の日”へ行ってきました。 ![]() 閉店の日まで閑散としてたらどうしようと思ってましたが、 この日は最後を名残惜しむ人で店内はいっぱいでした。 ![]() 中野丸井といってまず思い浮かぶのは、 屋上にあったボウリングの巨大ピン。 今回、はじめてボウリング場も見てきましたが、 明るくてとってもキレイ。 1度ぐらい行っておけばよかったと少し後悔・・。 ![]() ※ちなみにこの日、最後の思い出にと予約して行ったある方は、 床があまりに磨きこまれていて滑ってしまい、腕を骨折してしまったそう・・ ![]() 屋上遊園地。 昔のデパートの屋上といったら、こんな感じでした。 子供は、お好み食堂でお子様ランチを食べ、 屋上で乗り物に乗るのが楽しみでした。 昭和のデパートの屋上の基本形を、 平成の今日まで残してくれた中野丸井に感謝します。 撮影したのが夕刻だったせいでしょうか、 遊園地の動物たちが、最後のお役目を果たし、 子供たちを遊ばせている姿が物悲しく、 ちょっと目頭が熱くなりました・・(T_T) <場所>中野区中野3-34-27 |
|
|
![]() 2007年8月26日、中野丸井本店が閉店しました。 ここ10年ほど、本店でありながら、なぜか片田舎のデパートのようなひなびた雰囲気を漂わせていた中野丸井ですが、古くから中野近辺に住む人たちにとっては、子供の頃からの様々な思い出が染み込んだ、単なる百貨店以上の存在でした。 丸井の栄枯盛衰を目の当たりにしてきて、一時代が終わってしまったんだな・・という、何ともいえない寂しさがこみあげてきます。 70年間お疲れ様でした。 ![]() 中野丸井は、1931年(昭和6年)、富山県出身の青井忠治という人が、新宿の月賦ストア「丸二(まるじ)」から暖簾分けしてもらって創業したのが始まりです。 最初は「丸二」という名で、店舗は中野区桃園にありました。 ![]() 創業から4年後の1935年(昭和10年)、最初の支店・阿佐ヶ谷支店を開設したのを機に、商号を”丸井”と改めました。 ※丸二の”丸”と、自分の名・青井の”井”をつなげて店名にしたよう ![]() 1936年(昭和11年)、中野駅の移転に伴い、今ある場所に中野本店を開業。 その後、第二次世界大戦下の国内政策で全店閉鎖に追い込まれますが、1946年、家具の販売で復活。 月賦という販売スタイルを”クレジット”と改称して定着させ、大躍進をとげます。 <場所>中野区中野3-34-27 |
|
|
|
関東大震災後の急激な人口増加に対応して昭和5年(1930年)建てられました。円筒状で高さ33.6メートル、直径18メートル。現在は災害時用の給水槽となっています
■masatouさんより情報 哲学堂近くにある「水道タンク」と同じ物が、板橋区大谷口にあるのですが、先程前を通ったら取り壊していて半分になっていました。 中野の物は残して欲しいです。 2005.6.29 ■江戸ィさんより情報 哲学堂近くのあの建物、大好きでした。(しばらく見てませんが) 特に夜、たまたま通りかかった時の印象は今でも忘れません。 言葉に出来なかった。 残して欲しい。 2005.6.29 ■松さんより情報 野方水道タンク、私も好きですね。特に夜、哲学堂の野球場のライトを浴びてライトアップされているのをみると、ヨーロッパの歴史的建造物みたいです。 本当は毎晩、ちゃんとライトアップしてくれると雰囲気でると思います。 まぶしいとか、ひょっとしたら近隣住民の反対にあうかもしれませんね。 2005.7.3 <場所>中野区江古田1−3 みずの塔公園内 |
|
|












